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ヒモの手帖

今日は何を作ろうか

「パイ包み焼き」のパイ

世の中には「パイ包み焼き」という料理がある。

ナイフやフォークを突き立てなくとも「パリパリ」と聞こえてきそうなほど香ばしく焼かれたパイに肉や魚、時にはスープなどが包まれている小洒落た料理だ。

私がはじめて「パイ包み焼き」を食べた時、パイから漂うバターの豊かな香りや中身が分からないワクワク感、パイを割った瞬間に立ち昇るおいしそうな匂いに、それはもう感動した。以来「パイ包み焼き」は私の中でご馳走の代名詞となった。

しかし事件は起きた。きっかけはちょっとしたお祝いに彼女とレストランで食事をしたことだった。久しぶりのフランス料理に心を躍らせてメニューを見ると「パテのパイ包み焼き」が目に留まった。フォアグラやトリュフが入ったパテだけでも十分なご馳走なのに、なんとそれがパイに包まれているというのだ。いつもは彼女に急かされて、ようやく決まるメニュー選びがあっという間に終わった。大の肉好きである彼女も同じものを選んだ。

「ふたりで違うものを選んでシェアしようよ!」そんな野暮なことは言わない。たまのフランス料理なのだ、一人一皿思う存分に楽しもうではないか!という意気込みである。

ほどなくして目の前に運ばれてきた「パテのパイ包み焼き」はそれは見事だった。パテの真ん中にはフォアグラが鎮座し、上にはキラキラと輝くコンソメゼリーの層まである。それらを金色のパイが美しく縁取りしていた。

濃厚な肉の風味がガツンとくるパテに、卵とバターの風味が優しいパイはぴったりで、私は夢中になって食べ進めた。いよいよ残りがひと口かふた口となったところで隣を見ると、彼女のお皿にはなんと壊れた額縁のようにパイだけが残されていたのだ。

「食べないの?」と聞くと驚きの答えが返ってきた。なんでも彼女の言うことには「パイ包み焼きのパイはあくまで脇役!主役である中身をおいしくするためのものであって、ポール・ボキューズも必ずしも食べなくていいって言ってた!!」ということだった。現代フランス料理の父の名前を出されると急に信憑性を帯びてくる。まさにカルチャーショック。

その話が本当かどうかは分からないし、きっと作り手によっても、料理によっても変わってくるだろう。

ただ、私はボンタンアメのオブラートが好きだし、塩釜焼きでは周りの塩で酒を飲むのが 大好きだ。さすがにホイル焼きのホイルは食べないけれど、桜餅は葉っぱごと食べる。

たしかに彼らは脇役かもしれない。でも、だからと言って、ペリッと剥がしてポイ!では可哀想だ!!貧乏性だの、食い意地が張っているだの言われようとも気にしない!私は、私だけは食べ続けるぞ!

そんなことを独り熱く思いながら、彼女の分のパイもきれいに平らげたら、デザートに辿り着く頃には、すっかりお腹が張って椅子から立てなくなっていた。

でも、大丈夫。そんな時にはデザートにちょこんと添えられたミントの葉を噛めば、たちまち気分は爽快に、別腹が働くからである。

やっぱり私は脇役が好きだ。